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2011年09月06日

祈り

診察室のカレンダーは、ベルギーの美しい風景の写真のものを使っています
9月の写真は、古い大きな教会の中を撮影したものになっています

毎日、診察の合間にこのカレンダーの写真を見ていると、考えさせられることがあります

何百年という歴史のある教会では、今まで何人ぐらいの人が祈りを捧げてきたのだろうか
昔の人達はどんなことを祈っていたのだろうか
祈りの内容は、現代とそうは変わらず、家族の健康や無事を祈ったのだろうか
どのくらいの人の祈りがかなえられたのだろうか
その数多くの祈りのパワーは教会の中に貯まっているのだろうか
そういうことを次々に考えてしまいます

これは教会に限らず、日本でも多くの歴史ある寺院等でも感じることです
奈良時代からある寺院では、奈良時代の人達は何を祈ったのだろうか
どんな気持ちで生きていたのだろうか
やはり家族のことを祈ったのだろうか
等を考えてしまいます、歴史ある宗教上の建物って何だか祈りのパワーみたいなものを感じます


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Posted by まっちゃん  at 22:00 │Comments(2)日々の診療について

この記事へのコメント
美しい文章に、思わず書き込みします。

昔も今も、祈りの中身は同じ、家族など身近の人の幸せだったと思う。だからこそ、歴史宗教上の知識がなくても、建築物に美しさやパワーを感じるんだと思う。

宗教の一神教か多神教か、神を超人的な形而上的な存在としたか、ご神木など現実の自然物に見出だしたかは別として、すべての宗教をつなぐのは先生のおっしゃるとおり祈りだと思います。
清きを求め、身近の幸せを願い、自分の醜さを浄めるために、神というか、清き存在を求める本能が、宗教の原点であり、人間皆歴史問わず、人間って悪いばかりじゃないと思える一縷の救いですよね。

最後に先生に気付かされたことがあります。私は静寂を求め図太い心を浄めたくて、寺や神社によく行きます。しかし、私は一人になりたかったのではないですね、先人たちの祈りのパワーに会いに行っていたのですね!たとえ叶わぬ祈りでも人と人をつなぐパワーには自分の悲しみを包み込む力があるんだと思います。
Posted by 凹むぅ at 2011年09月07日 00:31
凹むぅさん
私の勝手な思い込みなのか、新しい宗教的な建物にないのですが、歴史ある寺院には何とも言えないパワーを感じます
これこそが長年の人々の祈りのパワーなのかと思っています
こんなことを書いていると京都に行きたくなります
Posted by まっちゃんまっちゃん at 2011年09月11日 23:00
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